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【左官のカリスマ・久住章さん】土壁の今を学ぶ <前編>

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    レームプッツ

現在、世界的に製造時の生産エネルギーを低く抑えることができるサスティナブルな建材として「粘土」が再注目されています。イケダコーポレーションでも、新たに天然粘土塗料レームファルベやスイスの粘土塗り壁レームプッツの取り扱いをはじめました。
地球環境にも住む人にも多くのメリットを持つ素材として、脱ビニールクロスで無垢の木材と共に自然素材の粘土内装仕上げはこれからますます選ばれていくことが見込まれます。
しかしここで問題となってくるのが、建築業界全体の課題でもある「職人不足」です。塗り壁を施工するための左官職人も、やはり後継不足が深刻です。
そこで今回、日本で左官に携わる人間で知らない人はいないと言っても過言ではない左官のカリスマ・久住章さんに現在の左官業についてお話を伺うとともに、スイスの土壁レームプッツと日本の土壁との違いなどを教えていただきました。久住さんには以前スイス漆喰でご興味いただき、塗り壁教室もしていただくといったご縁から今回お会いすることが叶いました。エネルギッシュに常に新しいことへのチャレンジを続ける左官のカリスマが語る土壁のお話をお届けいたします。
 


プロフィール:久住章(くすみあきら)さん
兵庫県出身で現在は京都に拠点を構える日本を代表する左官職人。講師として全国を巡り、国内だけでなくドイツのアーヘン工科大学で講師を務めるなどして世界各地でその指導を受けた職人が活躍している。世界各地の土壁を見て周り、その経験をもとにつくりあげた独自の技術で「左官のカリスマ」と呼ばれ、現在も様々な建築に携わっている。

 

久住さんのスイス漆喰塗り壁教室


【前編】技術の継承と在り方

■土壁に定義はない

 

「これは職人から見たら土壁ではないわな」
レームプッツの塗り板見本と調合前の粉末を手に取った久住さんの第一声でした。そのあとに加えて「土壁に定義はないから新しいものとして出したらいい」と楽しそうに笑っておられました。この辺りの詳しいお話はコラム後編のお楽しみとして、はじめはその場の空気を和ませるために気を使わせてしまったのかと思いましたが、お話を聞いていくうちに土壁とは定義されるべきものではないのだと分かりました。

 

土壁は世界各地で使われてきた「最古」と言われる建築技法ですが、その価値は国それぞれ異なります。ヨーロッパにおける土壁はもともと「庶民が住む家」で、寒さや暑さを凌ぐために安くてどこでも手に入るただの土をとりあえず分厚く塗り固めたのが始まりです。そこからより強度を求めて、石積みと併せたり表面を漆喰のようなもので硬くしたりと工夫され発展していきました。そのため土壁自体の意匠は二の次で、代わりに教会やお城に飾られている石膏の繊細な彫刻などに価値が置かれています。
一方日本では、お城や茶室に多く使われていることからも分かるように、土壁は富裕層のための技術です。土の種類や混ぜ合わせる材料、何種類ものコテを使い分けて意匠にもこだわり、時間の経過とともに色や表面の質感の変化を楽しむものとして「左官職人」が生まれ日本の土壁は継承されてきました。その中にもさらに違いがあり、お茶室のような空間の壁には、地域により異なる土の成分や気候、それによって時間経過で現れる表情の変化を楽しむといった要素を含みます。アクを出すためにあえてすさわらを発酵させるといったことも行われます。武家屋敷など書院造の建物では壁にアクが出ることは望ましくなく、土に混ぜるものや塗り重ねる順番などお茶室とは全く異なるそうです。
このように日本だけでも目的によって工法が異なるのですから、世界のもっと多様な地質や気候、風習などが絡めば「土壁」を本当の意味で定義することは難しく、最終的に「土で塗った壁なら土壁でOK」というのが久住さんの見解でした。

 

 

■伝統よりも大切なのは「好み」と「自分で考えること」

 

左官業のように「職人」と呼ばれるものは、基本的に親方から代々技術を継承されていきます。弟子は親方の技を見て学び、磨き、一人前となったら次は自身が弟子に受け継がせていきますが、それは伝言ゲームのようなもので最初の職人から何百年と経た現在の職人とでは全く異なっているでしょう。そうなる過程には、技術の進歩による工法の見直しが行われたり、日本各地の地質や気候に合わせて独自の発展を遂げていくほか、職人個人の好みによる要素も大きいと言います。より頑丈さを求める職人、意匠にとことんこだわる職人、それぞれが発展させた技術が伝統的に正しい正しくないということはなく、あるのは「好き」か「嫌い」か、そこから自分自信でどう考えて変えていくかだそうです。
中でも顕著なのがお茶室の仕上げで、自分が考える「一番美しい仕上げ」を実現するために材料の調合や道具をその人の好みで変えていくのだとか。またその好み自体も不変ではなく、例えば親方が50歳の時の弟子と60歳の時の弟子とでは教えられた技術に違いがあるなんてこともしばしば。そうした積み重ねから、元々はお茶室の壁にアクを出すために考えられた「すさわらを発酵させる」という技術が紆余曲折して「高級感のある壁には練り置きして発酵させた土を塗るものだ」と継承されることもあるだろう、ただそれを「親方にそう習ったから」と信用するのではなく自分自身で考えることが大切なのだ、ということを久住さんは強調されました。
「講演会を頼まれてやることもあるけど、今教えたことを信用しても失敗するからやめとけて言うで。もっとええ方法あるはずやからここからは自分で考えなさいってな。」
伝統とは昔ながらの技術がそのまま受け継がれていくことではなく、変化することこそが伝統であり技術である。歴史を重んじることが重要だと考える人がいれば、より機能性や意匠性を発展させていく人もいる。それら全て「好み」によるもので、誰が正しいとか間違っているということはない、その中でもし正しくないものがあるとすれば「学んだことだけを実践し自分で考えない」ということなのだと。
「永久不変の絶対的真理は存在しない」「過去の科学者が言ったことが正しくないと科学で証明される時代や」という言葉が大変深く心に刺さりました。このお話は職人に限らず、仕事やプライベートなど全てのことに当てはまるものだと思います。時代の流れを見ながら、そこに自分がどう適応していくのかを考え、新しいことにもチャレンジしながら成長する。
久住さんは今年76歳、しかしその在り方はとても若々しく「カリスマ」という世間の評価などどこ吹く風といった様子で、常に「自分の好きなこと」のために学びと努力を惜しまない、エネルギーに満ち溢れた青年のようでした。

 

 

■「失敗してもいいから挑戦できる場」を若者に

 

取材中、土壁の材料を専門に扱う業者の方が久住さんのもとへ来訪されました。やはり「左官のカリスマ」の意見を参考にしたいと考える人は多いようで、私どもが「レームプッツに久住さんからのひと味を」と訪れた数日前には某高級ブランドの代表取締役も相談に来られたそうです。お人柄や挑戦し続ける姿勢が人の心を惹きつけるのはもちろん、やはりその挑戦し続けた年月があるからこそ周りに与える影響も大きいところ。
だからこそ若手には多くの挑戦する場を与えることが大切なのだという例で、とある大壁施工の際の話になりました。小さな壁一枚を仕上げるのは経験する機会も多くすぐに1人でもできるようになりますが、数人がかりで行う大壁の現場は数も少ない上に複雑で勝手が全く違うとのこと。その大壁施工には約20人の若手が参加し、10回の塗り直しで完成させましたがトータル500万円の赤字に終わったそうです。「せやけどその500万で若いもん20人が仕事覚えたら安いもんや」「なんぼ小さい壁で何回も練習したかて、やっぱホンマのでかい壁で実際にやらんとできへんよ」と、その時のことを振り返ります。
これはなかなか、部下を持つ立場の方や親御さんにも耳の痛い話ではないでしょうか。成長のためには機会と投資が必要であると分かってはいるけれど、失敗してしまった時の損失を気にしてしまい思い切った決断ができない、結果成長の機会を奪ってしまいなかなか成果を上げられる部下が育たない。また逆に、投資を受ける立場である人も「せっかくの機会なのに失敗してしまったらどうしよう」と萎縮してしまうこともあると思います。もう少し練習してから、勉強してから、それでいざ本番に失敗してしまったら・・・。育てる側は「失敗やお金の心配はするな!」とどっしり構え、受け手側も「この投資は近い将来倍にして返します!」くらいの気持ちで挑戦するのが理想的なのでしょうが、なかなかそう上手くはいかないものです。
「500万なんて若手育成のためなら安い」など、言う人によっては嫌味や理想論に聞こえてしまいそうな言葉ですが、それを裏表なく言い切って相手の胸にすとんと落としてしまうところが、久住さんのカリスマ性なのだと改めて感じました。

 


 

職人と聞くと「伝統主義の堅苦しい世界だ」という印象を持つ人も少なくないのではないでしょうか。しかしレームプッツ含め左官に使われる材料も技術も日々進歩し、自由度が高くクリエイティブな魅力に溢れています。加えてこれからますます健康で快適な住まいの需要が高まる中で、「自然素材の塗り壁」が持つ室内環境へのメリットから左官職人の技はより求められていくでしょう。深刻な職人不足問題、今回「左官のカリスマ」久住章さんからお聞きした話をもって、土壁の魅力や可能性に興味を持つ人が少しでも増え、需要と職人が相互に活性化していくための一助になれば幸いです。そしてスイスの粘土塗り壁レームプッツも、今後さまざまな壁で彩られていくことを楽しみに思います。

 

レームプッツ公式サイト

 

レームプッツ担当 藤田

 

レームプッツ施工講習会のお知らせ

「スイス粘土壁材・レームプッツ」第3回 施工講習会を11月9日(土)に静岡にて開催いたします。

ご興味のある方はぜひご参加ください!今後も随時開催予定です。

 

詳細はこちら

 


 

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