建築家コラム|溢れる情報の中での家づくり<長野智雄設計工房 長野智雄先生>
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コラム
家づくりをするにあたり、誰もが情報収集から始めるのではないでしょうか?
その情報の価値や信頼性は実際に活用してみないとわかりません。家づくりともなると失敗すれば後悔だけでなく、日常の暮らしに影響が出ることもあります。
過剰な情報に振り回されないためのポイントを長野智雄設計工房の長野智雄先生に教えていただきます。
設計の仕事を始めてから、かれこれ30年近くになります。時代も大きく変わってきて最近思うのは、溢れる情報の中で家づくりをすることの難しさです。 今はインターネットやhowto本などでいくらでも情報が手に入るので、お施主さんも自分の家を建てるために必要な情報を簡単に探すことができます。
一生に何度もあることではないですから、皆さん少しでもいい家を建てたいと家のスタイルから構造、素材まで、どの手法で何を使うべきか情報を自ら収集するのは当前のことです。とはいえ見つけた情報を、「ただ良さそうだから…」と鵜呑みして何でもかんでも使ってしまうと、情報に主導権を握られてしまい、結果、出来上がった家が自分が本当に建てたかった家や、自分の生活に合った家から程遠いものになってしまった、という例を見ることもよくあります。
情報精査の難しさ
情報をたくさん入手しても、それを正しく活かせるかは、また別の話です。
例えば「地震に強い家にしたい」と思って、それに強いという情報から、鉄筋コンクリート(RC)造を選択するとします。確かにそれは間違いのない真実ですが、色々な要素が入り交じってくると、それが本当に必要かは疑わしくなってきます。
RC造の建物はそれ自体が大変に重く、建てる土地の地盤が弱ければ、自身の重さで沈んでしまうので、それを防ぐために莫大なコストをかけて地面に杭を打込むことになります。そこまでするなら、逆に自重の軽い木造や鉄骨(S)造にして、地盤に応じた耐震性を考え、コストをかけずに地震に強い家を作る方が正しい選択とも言えます。
そのように家は、地盤やコストや他にも色々な要素が絡み合ってできているものです。それだけに情報を活かすこともなかなか難しいのが現実です。どのように、自分の家に本当に必要なものを溢れる情報の中から選んでいくか、それが最近の家づくりの課題にもなってきています。
私の経験から
このように書いている私も、設計事務所で働き始めたばかりの頃は、経験や知識不足を少しでも埋めるため、日々専門書を読みあさって情報だけをやたら詰め込んで勉強している時期がありました。
ようやく仕事もそれなりにこなせるようになった頃、両親が老後を田舎で暮らしたいと土地を購入し、その家を設計する機会が訪れました。施主は両親ですし、今まで自分が得た情報を好きなだけ使うチャンスです。当時、注目されていた木造ラーメン構法を使って、窓が大きくて柱のない広々とした空間づくりをしようとプランをまとめました。
また当時の私は平行して、自分の見識をより広くしたいと思い、週末を利用して職人を育てるための職業能力開発短期大学校に通い始めていました。そこでは二年間の授業の中で、小さい木造二階建ての実習棟を今ではあまり使われない日本の伝統的な技術も使い、手作業で造り上げます。構造実験なども行なって、現代構法と伝統構法の考え方の違いも学びます。私はここで、自分の手で木を加工したり、大工の先生方から実践的な事を教わり、単なる情報だけではない実質的な感覚を身に付けることができました。そして卒業後、木造建築に対する考え方が全く変わってしまった私は、両親の家を一から設計し直すことにしました。
伝統構法を使っても、自分が作りたい現代的な空間を作ることができることに気づき、さらにそれを使った方が前出の工法を使うより理にかなっていると思ったからです。簡単に言うと、家全体のこと、強いては両親のことを考えたら、それが一番ピッタリくる造り方だったのです。そして自分が情報の一面しか見ていなかったことも実感し、本当に必要な情報は何か、現代と伝統の垣根を超えて精査することにしました。
また、その家の建設予定地は真冬には−10℃を下回る場所で、「寒くない家にしてほしい」という両親の強い要望があり、当時関東圏ではあまりみられなかった高気密高断熱の仕様を取入れようと、その先進地域である北海道での実例や研究情報を集めました。しかし、それらの情報も多面的な視点で見ることで、気候風土の違う関東圏で採用することでの問題点が浮き彫りになってきて、気密や断熱以外に「放射熱」「蓄熱」「調湿」も重要だということがわかってきました。
そのように情報をよく見つめて得た、本当に必要だと思うもので、両親の終の住処「と木とすまう家」を完成させることができました。
伝統技術で現代の温熱性能を実現
その約15年後私は
「伝統的置屋根を応用したハイブリッド建築」
というカフェ併用住宅を設計します。
(ご興味のある方は本サイト内「ikeco Vol.34」に特集記事がありますのでご覧下さい)
ikecoバックナンバーはこちら>>
この家は、日本の伝統的民家の優れた温熱特性を応用し、「高蓄熱高調湿(脱高気密高断熱)」の家造りを掲げています。そもそも現代の家がなぜ高気密高断熱であるかというと、エアコンなどで空気を暖めたり冷やしたりして室温を調節するようになったからで、その空気を逃がさぬよう、家自体を魔法瓶のようにしてその効率を上げるためです。
とはいえ中で人が暮らす以上、魔法瓶という訳にはいきません。人が呼吸するだけでも空気は汚れますしカビや結露、病気の原因ともなるので、室内の空気は2時間以内の間に全て入れ替わるように24時間換気が建築基準法でも義務づけられています。つまり魔法瓶であっても蓋が頻繁に開いている状態ということです。
それに比べ、伝統的な民家は隙間風がその換気の役割を担い、かつ、その隙間風の寒さを実は感じさせない仕組も「放射熱」「蓄熱」「調湿」「遮熱」「通気」の作用で造り上げていたのです。 高気密高断熱にしろ、脱高気密高断熱にしろ、それがどうして家に必要になってくるのか、何を目指しているのか、そこまで考えたときに自分が建てる家に本当に必要なものが見えてくるということです。私の設計したこのカフェ併用住宅も伝統的な民家の考えをもとにしつつ、現代の家に必要なほどほどの気密性能もプラスして、ちゃんと熱効率が上がるよう工夫をしています。
間違わないためには
世の中に溢れる家づくりの情報に、一度は溺れてみるのも私はありだと思います。ただその情報を、視点を変えて多面的に見てみることは必要です。それが本当に必要なものでもあるかもしれないし、必要でないかもしれない。どうやってそれを判断するかは、難しいようで、実は簡単なことかもしれません。
自分の家にとって「何が一番大切」か。その大切なものを、その情報はちゃんと支えているか?
家を建てる環境のことを考えてくれているか?
長く住み続ける上で必要なものか?
自分だけの大切な家を作るんだ、というところに一度立ち戻って考えてみるといいように思います。私も設計者の立場として、新しい情報、古くても利用できる情報と真摯に向き合い、皆さんのお手伝いができるよう日々向上していきたいと思います。
「伝統的置屋根を応用したハイブリッド建築」このカフェ併用住宅が完成した約三ヶ月後に、今のコロナ騒ぎが始まりました。窓を開けての換気が推奨されるこの状況下で、隙間風に耐えうる温熱特性がその力を発揮しています。想像していなかった事態にまで対応している日本の伝統技術の底力に、採用した私が改めて驚かされています。
筆者:長野智雄
東京生まれ。文化学院建築本科/研究科にて設計論・デザイン論などを学ぶ。卒業後、設計事務所に勤務。一級建築士取得後、設計だけに留まらず自分自身の手で最後まで建物を完成させたいと いう思いから職業能力開発短期大学校 に入学。大工仕事をメインに、左官・板金等の住宅建設に関する作業を経験。現代のエ法の問題点から伝統的な工法の良さまでを多岐に学び、木造建築に 強い関心を持つ。長野智雄設計工房で住宅や店舗の設計をする傍ら、職業能力開発短期大学校で講師を務める。
長野智雄設計工房 https://www.houzz.jp/pro/tomoon/